●池上一郎博士文庫二周年(2003/1/16)
[台湾独立建国聯盟 言論広場]より
池上一郎博士文庫は、高雄から南廻線で約50分の竹田駅園内に日本建築のまま建てられており、池上博士や日本人及び地方有志からの寄贈書(日本語の書籍)が納められ、郷民に愛読されている。また、文庫では毎週のように読書会が開かれ、周辺の地域から日本語を継続して学び続けるお年寄りが駆けつけるそうだ。
1911年1月16日に東京に生まれた池上一郎は、府立第一中学校、第一高等学校から東京帝国大学医学部に学び、卒業後の第二次大戦においては軍医任命を受け、台湾高雄州潮州郡竹田庄第一九七一二部隊野戦病院院長として派遣された。当地では軍隊兵士の治療に加え村人たちの診療・治療も行った。また、戦後は日本において台湾からの留学生を支援するとともに、晩年は第二のふるさとである竹田に対し書籍や奨学金寄付を行った。地域住民からは大変尊敬され台湾政府文建会によって竹田駅公園として整備されるなかに、池上一郎博士文庫が2001年、池上博士の誕生日である1月16日に完成した。池上一郎博士は日本で完成した文庫の完成式典を収めたビデオを見ていたそうだ。しかしその二ヵ月後、背広・ネクタイ姿で90歳の生涯を安らかに終えた。

今年はその二周年として、読書会のメンバーが中心になった記念行事が1月16日に文庫で開かれた。約70名の方々が台北や高雄、竹田、潮州周辺から参加、竹田郷長の挨拶、文庫名誉会長の挨拶の後に全員で「荒城の月」を合唱してイベントはスタートした。続く台湾大学教授の健康講演会の後は、池上一郎博士と間接・直接に関わった方々の思い出のスピーチがあり、さらなる文庫発展を祈念して地元の音楽隊による客家に伝わる歌、日本語で唄う会員の歌が披露されるなかでのランチ、相互交流、そして解散となった。
周年行事はすべてが日本語によって進められた。参加した日本人は私と高雄日本人学校に勤務するE先生ご夫妻。我々は参加者それぞれが熱く語る思い出の数々を聞く立場になり、まるで親や祖父母と話をしている錯覚になった。
世代は代わりつつあり日本語蔵書中心の池上一郎博士文庫や読書会が今後どのように発展していくのか未知数である。文庫を管理運営している方々は若い世代への橋渡しについていくつかのアイデアは持っているそうだ。しかし日本語世代の消えていく時の流れは確実であり文庫の意義をどのように承継させていくかは前途多難と思われる。それでも文庫が新しい台湾とともに次世代のなかで発展・進化していくことを期待したい。

日本に戻った18日の翌朝、池上夫人と電話でお話をした。「表に出ることが苦手な池上は、きっとお墓のなかで赤面していることでしょう」とおっしゃっていた。池上一郎博士ご夫妻の意思を汲んだ台湾の方たちの文庫運営に敬意を表するとともに、このような日台交流がされていることを広く知って欲しいと思った。